懺悔の果てに.

懺悔の果てに

 

懺悔の果てに

懺悔の果てにある物は
全てを無くす事なのか?

謝っても 詫びても 泣き叫んでも
決して 戻らない あの日…

自分を責めて 世間を責めて
その事柄を責めてみても

許される何かが 無ければ

何処までも 闇は追いかけて来る

懺悔の果てにある物は
全てを無くす事なのか?

残生に御慈悲が与えられるならば
悔改める事も出来るが

自分の中で闇を自ら創り
懺悔の機会も与えず

厳しさの果てに
御慈悲の心も認めないのならば

懺悔の果てにある物は
全てを無くす事に 最も近ずく

しかし 懺悔をし悔改める事で
自分自身より慈悲の心が持てるのなら

全てを無くす事は 決して無い
全てを無くす前に出来る事は

懺悔し悔改めた自分自身を見つめて
許せる心を探せばいい

もし見つからなくても
全てを無くすのにはまだ早い

それが少しは許せる心を与えられるまで
生き続けなければならない

そうすれば 神仏は あなたに手を
少しだけ 差し伸べてくださるだろう…

懺悔の果てにある物は
悔い改め人生を生きると言う事だと思う…

懺悔の果てにある物は
全てを無くす事などでは 決して無いのだ…

だから 生き抜くという事だ…

 

 



 

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